言いたいことがなにもない

プライベートな日記です

大雪の日の出産

この土日はところにより120年に一度の大雪が降った。その時を同じくして、奥さんに陣痛が来て娘が産まれた。奥さんの地元の群馬の病院で産む里帰り出産だ。大雪によるトラブルなどはあったけれど、母子ともに無事に出産が出来て本当に良かった。

娘が大きくなった時に、産まれた日がどんな日だったかの話をしてあげるために、記録に残す。
 
14日土曜日の朝4時に奥さんから陣痛が来たと電話があり、急遽群馬に帰ることになった。朝8時半頃に着いたのだけれど、陣痛は過ぎ去っていて「俺も父親になるのか」と緊張していた分、少し気が抜けた。どうも前駆陣痛だったらしい。
 
その後一時間に一回ほどの軽い陣痛を経て、夜22時に継続的に陣痛が起きるようになった。「夜になると前駆陣痛が起きるねー」などと言っていたが甘い考えだった。その後7分間隔の陣痛が延々と続く。昨日の前駆陣痛に比べ、痛みが強くなっているようなので、0時42分を過ぎたあたりで一度産婦人科に電話するが、大雪による停電で今はよく分からないと言われた。その後オリンピックのスケートフリーを見ていた実家の家族と陣痛を見守る。
 
だんだん「これが本当の陣痛だとして、産婦人科まで辿り着けるのか」という不安が出てきた。外を見ても、道路状況は全く不明。いざという時のためにタクシー会社に電話してみたが、全て営業を中止していた。朝5時に産婦人科に電話で相談するも(妊婦本人の電話しか受けてくれなかった)「自家用車が親戚の車か、タクシーで来て下さい。緊急で無い限り救急車は出せません。」と言われ、タクシーが動いていないことや、どの時点で緊急と判断すべきかと聞いても同じ言葉を繰り返すだけで、「大雪が降るんだから、前駆陣痛の時に来ておけばよかったのに」などと言い出す始末だった(本当はその時に電話していたけど、特に来院は勧められなかった)。
 
この人と電話していても埒が明かなかったので、119番に電話して相談したところ、時間はかかるが行けるので呼んで構わない、とのこと。まだ前駆陣痛かもしれないのでしばらく様子を見る旨を伝え、なんとかなりそうだと胸をなで下ろした。ここで、義父と義妹が救急車が来た時のための雪かきに行った。
 
その後6時半くらいになっても陣痛は続き、「道路状況は悪くなるばかりのようなので、早めに救急車に来てもらおう」ということで救急車を呼ぶ。やはり着くのに時間がかかるらしい。約30分後に到着した。雪かきで作ってもらった道を通って救急車が待つ大通りまで行く。いかに救急車でも、路地まで入れる状況ではなかった。雪かきをしてもらっていなかったら、救急車が来てもどうにもならなかった。
 
元々の予定の産婦人科は、この雪の状況ではとても行けないということで、救急隊員の方が最寄りの市民病院へ行く手配をとってくれた。道路は大雪に阻まれて大きく揺れ、乗り捨てられた車を回避しながらゆっくりと病院へ行った。通れない道の状況などは救急隊員の間で共有を始めていたようだった。ヒーローだと思った。
 
その後なんとか病院に着いた。産むまでの話はここでは割愛するが、延々と陣痛は続き、やっと16時13分に子供が産まれた。みんな笑顔だった。そして女性は凄い。
 
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※陣痛が来た時間のメモ。裏にも続く。
 
分娩室で聞こえてきたのだけど、「破水したので救急車を呼んだ妊婦さんが四時間経っても到着しない」など大雪で大変な様子が伝わってきた(その後無事に到着して隣のベッドにやってきた。本当によかった)。何名か、僕らのような妊婦さんを受け入れているらしい。そういえばナースステーションを通った時も「人手が足りない」という話が聞こえた。
 
山梨の両親に産まれたことを報告すると「駆けつけたいけど雪で出られません。すでに雪かきした雪の置き場さえなくなりどうにもならない」と言われた。元気ではあったので、とりあえずよかった。
 
 
依然としてタクシーも動いておらず、義母と一緒に徒歩で一時間かけ、病院から実家まで帰った。
 
途中で、何台かの車が雪で動かなくなり乗り捨てられていた。雪道に嵌まった車による渋滞も見かけた。遠くからは救急車のサイレンも聞こえる、バイオハザードのような状態を思い起こさせた。
 
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この時にやっと、急な病人、他の妊婦さんは大丈夫なのか、引越しや結婚式など大事なイベントがあった人はどうしたのか、そもそもどこかに閉じ込められている人はいないのか、ということに思い至った。僕たちはたくさんの人たちに助けてもらうことができた。でも助けの手が届かない人たちもたくさんいるのではないか。
 
前日の14日に前駆陣痛があって良かった。そのタイミングで呼ばれなければ、絶対に辿り着くことは出来なかった。娘が呼んでくれたのではないかと思っている。