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言いたいことがなにもない

プライベートな日記です

子供が産まれたら言いたいことがいっぱい出てきた

言いたいことがなにもないような日々 育児

大げさに言うと、人類の歴史で考えれば子供は大家族や地域で育てることが普通だった。けれども今の日本、特に都会では共働きしている両親だけで子供を育てるケースの方が増えている。

最近子供が産まれて、これがどれだけ大変なことなのか、やっと分かった。いや僕よりも、特に奥さんが大変だ。子供が泣けばおむつを替えて母乳をあげて、というのを3時間おきに繰り返す。正味その間の2時間に寝たり洗濯したり、ごはんを作ったりしなければならない。しかもこの3時間というのが定期的であればまだいい方だ。

もちろん僕も炊事洗濯やオムツ替え、子供の入浴などを手伝っている。とはいえ、平日の日中は会社に行かなければならないし、何より母乳をあげることは男にはどうにもできない。本当に女性は凄い。

今は育児休暇中だが、これから共働きになったら、どうすればいいのだろうか。それほどの補助があるわけでもなく、保育園に数万円を払って働きに出て、しかも入所できればまだ幸せな方で、それからなんとか保育園が閉まるまでに帰ってきて、わずかな時間でまた子供の世話をする。長い目での教育費も考えなければいけない。これが母子家庭にでもなれば、チャイルド・プアと呼ばれるような事態にさえ陥ることも充分にあり得る。

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現代の共働きの夫婦だけで子供を育てるというのが想定されていた事態ではなかったのだ。例えば幼稚園と保育園。僕は子供の頃に幼稚園に通っていた。幼稚園の保育時間は4時間だ。母親が専業主婦に近しかったから、幼稚園に預けられたのだろう(正しくは自宅で仕事をしていた)。実家の近くに保育園ってあっただろうか。あまり記憶にはない。

そんな専業主婦の方が多かった時代はもはや昔で、今は女性の労働が推進されつつある時代だ。待機児童の数がニュースになるように、保育園の数が全然足りず、一方で幼稚園に入園する児童が減ってきている。これまでの仕組みが徐々に時代に合わなくなってきている。それなのに先日のベビーシッター事件では、安直に母親を責める想像力のない人々の声がでかかった。

ベビーシッター事件、責められるべきは母親か?

残念ながら、これらを政治がすぐに解決してくれる望みは薄い。投票してくれる有権者は高齢者の割合が高いため、そちらが手厚くなるのは民主主義として当然だろう。文句を言うならもっと政治に参加すべきなのだ。僕は当事者になってやっと分かった。

このまま日本は高齢者のための政治に特化していくのか、子供が少なくなった分、子供に希少価値が出てくるのか。もしかして、娘がいつか日本から出て行く選択肢も選べるように、育てた方がいいのだろうか。

こんなことばかり考えて絶望的な気分になるのかといえばそうでもなく、「こうやって娘の成長を眺めながら生きていけることは幸せだなあ」と思うくらいに親バカになってしまった。娘が産まれてマジで良かった。とにかく今の世代が苦しんでも、娘の世代には楽になっていて欲しいし、そうなるようにできることをするしかないね。そういうわけで言いたいことがたくさんあった。