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言いたいことがなにもない

プライベートな日記です

夏の帰省

夏の山梨に帰るのは久しぶりだった。帰省といえば大抵正月で、それどころか一年に一度帰れば良い方だった。今にして思えば、両親には相当心配をかけたことだろう。家族ができて、僕も親に会う回数が増えた。

山梨といえばやたらと蒸し暑いのだが、今回帰っていた三日間は、しばらく雨が続いていた影響か、割合に過ごしやすかった。

奥さんと一歳の娘を連れ、僕の父親母親との総勢5名で山梨を回った。滝を見たり、牧場に行ってウサギやヤギと戯れたり、ブルーベリー狩りをしたり。
それにしても東京と比べると、圧倒的に自然が多い。娘に合わせて屈んで景色を眺めていると、ただの地面に思えていても実はそこに小さく花が咲いていたり、アリがエサを運んでいたり、土や草がミクロな美しい模様を描いていたりと発見が多い。そういえばこれが三十年前に見ていた世界だった。
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散々騒いで遊んだ娘が眠った後で、夜に一人で散歩に出かけた。昔、考え事をしながらこの暗い街灯の下を歩いていた。それは例えば始めたばかりのベースを担いでいた時や、受験勉強の息抜きにコンビニに出かけたり、鬱屈して未来もわからないフリーター時代のことだ。その頃の自分とは今も地続きで、昔の俺がすぐ隣を歩いている感覚がした。

家族で車に乗って、チャイルドシートではしゃぐ娘の相手をしているときにも、幼い頃の記憶が蘇った。そのシーンでは、もう大きくなった2人の兄はすでにおらず、僕と父と母の三人だけでよく車に乗ってどこかへ出かけていた。
トンネルの中で事故を起こした時にはそれを電波で伝えられるという都市伝説的なものがあったから、トンネルが近づくたびにラジオのボタンを押していたことがあった。山梨には山が多く、トンネルが多いから、ラジオのボタンを押す役目は忙しく誇らしかった。
それから、渋滞に飽きて騒いだり、後部座席から運転席の背もたれを掴んで乗り出したり、高速道路を眺めているうちに眠ってしまったりしたことが思い出された。
そして、そんな僕の事を両親がどんな気持ちで眺めていたのかも、少しだけ分かった気がした。

一年半前の正月、奥さんが出産を間近に控えていて安静にするために一人で帰省したとき、両親は暖かく出迎えてくれたものの、山梨の光景は僕が過ごしたその頃とは大きく変わっていて、すでに故郷が自分の居場所ではなくなったと感じたことがあった。
だがそうではなく、僕がこれまで作ってきた場所を、娘に受け渡しつつあることに気づいていなかったのではないか。

眠い時以外の娘は終始機嫌がよく、また新たにたくさんの言葉を発するようになった。じいじ、ばあば、うまい、あつい、おいしい、、、
昔の僕は、生きる判断基準を音楽に置いていたところがあって、嘘をついたり怠けたり、つまらないことも色々してしまうけれど、最終的に音楽のために魂が穢れることだけはしないようにと思っていた。今は娘の魂がとても美しい。