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言いたいことがなにもない

プライベートな日記です

一人で立つ

娘を連れて、初めて山梨に帰った。一番上の兄も4歳と2歳の二人の子供を連れて帰省していたので、両親も含めると都合8人で過ごした。正月から一週間以上経ったとはいえ、賑やかでおめでたい、再びの正月気分になった。
真ん中の兄の一家も同じタイミングで帰省していたら、どれだけ賑やかだっただろう。

僕の親にとって、娘は5番目の孫になる。乱暴に平均してしまうと、3年に一回は孫を抱いている計算になる。
そうすると手馴れたもので、人見知りが始まったように見える娘も、すぐに笑わせてしまった。

そんな風に親が三人の孫と一緒に遊んでいる様子を見ていたら、自分の幼かった頃が、そんなに遠くない昔のように思い出された。俺はこんな風に、たくさん可愛がって育ててもらったのだ。こうして自分に子供が産まれてやっと、いくつもの大事なことを思い出し始めている。

親が「70まで生きることを目標にしていたけど、また東京でオリンピックをやることになったのでそれまでは生きることに決めた」と笑いながら言った。
それ以上に長生きしてくれそうなほど元気だけど、未来のことは誰にも分からない。
僕は、僕の親とは、あんなにたくさん一緒に過ごしていたのに、こうして離れて暮らしていると、もしかしたらあともう10数日しか会えないかもしれない、そんな可能性もある。

東京に戻ってくる前に、実家の二階のベランダから、娘を抱っこしながら外の景色を眺めた。富士山ももちろん、たくさんの山々が間近に見える。山の向こうは、かすかに吹雪いているように見えた。子供の頃は、この景色に吸い込まれてしまいそうに思っていた。娘にはどう見えているのだろう。この景色さえ、そう何度も見ることがないかもしれない。
それから、両親は毎年のように笑顔で手を振って送り出してくれた。

東京に戻ってきたら、娘が初めて自分一人で立った。僕と奥さんが大喜びしているのを見て、何度も一人で立って満面の笑みを浮かべて見せてくれた。