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言いたいことがなにもない

プライベートな日記です

巨大な渦から、なめらかな社会

あんまりTHE BOOMというバンドは聴いていないんだけど、中学生くらいの時にたまたま聴いた「手紙」という曲は度肝を抜かれるくらい格好良かった。

 
この巨大な渦の中心にいるのは、いったい誰なんだろう。
きっと、誰もいやしないよ。 

 

という一節があって、このフレーズが想起させるものが、自分にとっての「社会」を一言で言い表す言葉になった。
 
 
 
 
一人一人は、そうそう悪人でもなくて、身の回りの人のために頑張っていたりする。それが集合体になると、いつの間にか悪を成していたり、誰も望んでいないことが成されていたり、熱病のように流行に乗ってしまったりする。映画で語られる一人の悪いボスなんてそうそういないものだ。例えば日本が無謀な戦争に向かったのも、完敗がわかっていたのに撤退できなかった「空気」も、このような渦が原因だったのではないか。
 
でも、最近その中心のない渦のように見えていた世界が、少し変わってきたように思える。渦であったものが融解しつつあるような。相変わらず中心はないけれども、少なくても虚無的な中心ではないというイメージ。
 
さらなるグローバル化や、ソーシャルメディアの発展などによって、今まで中と外に分かれていたものが溶け合ってきたかのように感じていた。
 
「なめらかな社会とその敵」を読んだら、生物学上の核と膜になぞらえて社会を説明する序文があった。核と膜の境界が次第に消えて行き、社会がなめらかになっていく、というのは、自分の気分にぴったりだった。 
なめらかな社会とその敵

なめらかな社会とその敵

 

 近藤さんと、少しこの本について話すきっかけがあった。近藤さんも同じように、序文の核と膜のくだりが面白かったらしい。

ただ、近藤さんは「人間に可能性を見出した」といったことを仰っており(酔っていたので詳しくはあんまり覚えていない)、自分と読み解き方があまりに違ってびっくりした。
 
「なめらかな社会とその敵」というタイトルの本を読んで、社会のことだけ考えているのも安直だよな、と反省した。
社会人になってから、一つの本を題材に感想を語り合う機会がなかったから、久しぶりにいい体験だった。 

 

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))